2022年2月、厚生労働省の専門部会において、子どもや家庭の支援に関する新しい資格「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」の創設の意向が報告されました。「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」とはどのような資格なのでしょうか?
どんな人がその資格を取得することができるのか、そもそもなぜ「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」の資格が必要になったのか、子どもを取り巻く問題と社会の動きを交えて見ていきましょう。
「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」とはどんな仕事?その内容と資格取得方法
厚生労働省は2022年2月、子ども家庭福祉の新しい資格「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」の創設などを盛り込んだ報告書をまとめました。この資格は、子どもがいる家庭の多様化する課題の解決、対応できる人材を養成することで、子どもたちの暮らしや伸びやかな成長、その権利を守ることを目的としています。
「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」の資格は2年以上の実務経験がある社会福祉士や精神保健福祉士が指定研修を受けて受験できる資格になる予定。またそれらの資格がなくても、子ども家庭福祉分野や保育分野で4年以上の実務経験があれば、ソーシャルワークに関する研修を受講することで、受験資格を得られるようになる予定です。詳細はこれから決定されていきますが、子どもの福祉向上につながる実践的な試験内容になるよう進められています。
なぜ「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」を創設するのか?近年の児童虐待の現状
なぜ「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」の資格創設が急がれているのでしょう。その理由の裏側には、深刻な児童虐待の現実があります。
厚生労働省による2020年度の児童相談所での児童虐待相談件数を見ると、205,044件とここ数年で右肩上がり増加しています。2000年に児童虐待防止法が施行され、相談窓口が増えたことで、これまで明るみに出てこなかった虐待が取り上げられやすくなったとも言えますが、虐待で苦しむ子どもが多く存在することは明らかです。
児童虐待として特に増加しているのが、心理的虐待です。心理的虐待とは、大声や脅しなどで子どもに恐怖感を与えることです。また子どもが傷つく言葉を繰り返し使って自尊心を傷つけたり、子どもの要望に無視や拒否的な態度を取ったりすることも心理的虐待です。その他子どもの前で夫婦間の暴力が行われる「面前DV」や兄弟間であからさまな差別をするなど、子どもに精神的な苦痛を与えるといった事案も多く発生しています。
心理的虐待以外も身体的虐待や性的虐待など、年々深刻化する児童虐待の現状は、社会的な問題になっています。その上、2019年4月から2020年3月までに78人もの子どもの命が失われています。そのペースは1週間に1名以上になると、悲しいニュースが後を絶えません。
これまでも虐待事件が起こるたびに児童相談所の専門性が問題になっていました。児童相談所などで対応する職員らの資質を向上させ、より児童福祉において専門的知識をもった人材を育成し、深刻な児童虐待に対応できるよう「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」が創設されようとしているのです。
「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」の資格ができることでどんなことが期待できるか
これまでは、子どもが健全に育成される環境であるよう、虐待の報告があれば、児童福祉司が子どもの心身状態や生活環境、家族内の人間関係を調べて、問題を明らかにして、どのような援助や指導が必要であるかを判断してきました。しかし親や近親者による児童虐待、貧困、親の精神疾患など家庭環境の課題が複雑化し、地域や学校などと連携しながら家庭訪問をするなど、親元にいるのがよいのか、保護するべきか、など子どもが心身ともに安全かつ安心して生活できる場所づくりなども求められています。また子どもを保護する一方で、親の抱える課題も理解し、支援もしなければなりません。そのため児童福祉司の資格では、専門性が不十分であり、より高度な知識が必要であることが課題になっています
そこで社会福祉士や精神保健福祉士といったソーシャルワークの知識や経験のある人が、児童福祉行政の現場に対応する十分な専門性を身に付けることで、サポートが必要な家庭のそれぞれの状況に合った対応ができるのではないかと期待されています。ソーシャルワーカーとは、生活に支援や援助が必要な人の相談相手となる役割です。助言や指導を行うだけでなく、親や子どもに寄り添いながら心理的サポートも行っています。そうした生活に一歩踏み込み保護者の悩みを理解しながら対応できる人材として、「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」が必要なのです。
これまでも児童福祉司の中でも、専門的技術や知識を持ち、他の児童福祉司や相談担当職員に対して指導や教育を行う「スーパーバイザー」と呼ばれるポジションを設けていました。スーパーバイザーは、児童福祉司としておおむね5年勤務した者でならないとされています。そこで「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」の資格を持った人は、児童福祉司の「スーパーバイザー」の要件を実務経験5年から3年に短縮できるようインセンティブを設けることで調整中です。
「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」は、児童相談所、市町村の虐待相談対応部署、乳児院、児童家庭支援センター、保育所に配置される予定です。子どもだけでなく、親や親族、地域の人からの相談も受け付けます。親としてどう子どもと接してよいかわからない、イライラしてしまうなど、自分の抑えきれない感情を話すことで、気持ちを落ち着かせることもできるでしょう。子どもの周囲の人たちも子どもの健やかな成長に関することであれば、どんなことでも相談できます。また子どものいじめや性格、習癖、不登校などの相談も可能です。専門機関にかかることはためらってしまいがちですが、悲しい事件を未然に防ぎ、1人でも多くの子どもを守っていくことを期待します。
「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」の国家資格化への動き
「子どものために有能なソーシャルワーカーを養成する必要がある。」という思いで創設が進められている「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」の新資格。状況によっては、児童の一時保護などの重要な判断を伴う事案を扱うので、独立した国家資格とするべきだとの声も上がっています。
しかし、国家資格とするには要請に時間がかかり、日々起こっている深刻な児童虐待問題へ早急に対応することが難しいとされ、社会福祉士や精神保健福祉士の上乗せ型を柱とすることになりそうです。
いずれにしても子どもの人権を守り、未来ある子どもの成長をみんなで守っていくことが大切です。子どもは権利を侵害されても自ら救済を求めることができません。子どもにとって最良な生活を守るために、子どもとの信頼関係を築き、意見をしっかりくみ取れる高度な専門性が求められます。児童虐待をなくすためも現場の体制を整える第一歩となる子どもの福祉の専門家である「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」の資格創設には、期待が高まっています。
<参考>
「子ども家庭福祉分野の資格について(案)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11920000/000863166.pdf
この記事の監修・執筆者
早稲田大学公共経営研究科修了。
中国語同時通訳・翻訳、公共経営アドバイザー、社会起業家。
これまで4つの保育園を設置・運営。3つの一般社団法人の代表理事。
保育士。東日本国際大学客員研究員。日本広報学会会員。日本こども学会会員。
『保育士になったら最初に読む本』共著
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