「子どもが三歳になるまでは母親によって育てられるべき」という考え方から生まれた「三歳児神話」。生まれた背景をひもとくと、実は、もともとの考え方とちょっと違う解釈が広まってできた言葉のようです。
では、実際に三歳前後の子どもを持つ保護者にとって「三歳児神話」はどう受け止めるべきなのでしょうか。発達心理学をご専門とする共立女子大学家政学部児童学科教授 西坂小百合先生に教えていただきました。
日本で広まった「三歳児神話」。実は根拠がなかった!
「三歳児神話」は、イギリス出身の精神科医ジョン・ボウルビィが確立した「愛着理論」から生まれたと言われています。
第二次世界大戦後、戦争孤児や家族から離れた経験のある子どもの多くに、精神発達に遅れが見られました。しかし、保護者のいない子どもが暮らす施設の環境を改善し、あたたかい療育を試みると、それが改善されました。
その報告を見たボウルビィは「三歳以前の【母性的養育】の欠如が、発達障害の要因である」と分析。「子どもが健やかに成長するためには、三歳までに少なくとも一人の養育者との愛着関係(絆)が必要」と唱え、これが「愛着理論」として広まりました。
日本では、この【母性的養育】という言葉が、【母親による養育】として広まり、「三歳まで母親が育てなくてはならない」となったようです。ボウルビィの「愛着理論」が、日本の育児書などによって「母性」が強調された解釈で伝わってしまったのですね。
本来の「愛着理論」は、「誰が」愛着の対象であるかではなく、子どもからの働きかけに対して「いつも」応答的であることが大切という考え方です。ですから、愛着関係を育むのは、母親とも限らないし、誰か1人だけという必要もないのです。
海外にも「三歳児神話」のような考え方はある?
スウェーデンには「一歳児神話」という考え方があります。しかし、日本の「三歳児神話」とは少し違って、一歳までは親元で育てた方がよい、という考え方で、決して母親だけが対象ではありません。男女平等なのです。そのため、スウェーデンには0歳児保育がなく、480日ある育児休暇を、父母で半分の240日ずつ取得することが努力目標とされています。
一方、日本では、まだ父親が育児休暇をとるケースは少ないですね。必然的に母親が、出産によって仕事を続けるか辞めるか選択を迫られることが多いでしょう。
http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h28/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-02-03.html
平成28年版男女共同参画白書によると、日本や韓国は20代後半から30代にかけて女性の労働率がいったん下がり、40代ごろから徐々に上昇しています。これは「М字曲線」と呼ばれ、20代後半から結婚・出産によって離職することがデータで示されています。しかし、最近、日本でもこのМ字のくぼみが小さくなってきていると言われています。出産を経ても仕事を続ける女性が多くなってきているという表れです。
三歳までの時期は、基本的な信頼感を獲得する時期
ボウルビィの「愛着理論」から考えると、人は三歳までに基本的な信頼感を獲得します。両親や祖父母、保育者など、愛着関係にある人たちとの間に、固い絆が結ばれることで自分自身の思いや行動を適切に表現することができるようになるのです。周りの大人たちに対する信頼感があるからこそ、子どもは成長し、やがて自立していくのですね。
家庭で母親と過ごした子と、共働き家庭の子に違いはある?
三歳まで家庭で過ごした子と、共働き家庭で保育園で過ごした子どもとの、特徴の差を証明することはできません。
家庭で過ごした子と保育園で過ごした子の違いは、「母親といっしょに過ごしたかどうか」だけでは判断できません。家庭で過ごした子でも、祖父母との関わりの方が深いかもしれないし、保育園で過ごした子でも、園の環境はさまざまだからです。
一方で、アメリカでは1990年代に1357家族を対象として、大規模で長期的な研究が行われました。その研究結果でわかったことは、母子間の愛着の質は、保育時間や保育開始時期、保育所の質によって影響をうけることはない、ということでした。愛着の質に影響を及ぼすのは、いっしょにいる時間の長さではなく、母子間の関わり方そのものだったのです。子どもの発達は、母親が働くか育児に専念するかという形だけでは、議論できないというわけです。
共働き家庭かどうかにかかわらず、子どもと一緒に過ごす時間を大切に
このように「共働きだから○○を心がけるべき」「育児に専任しているから○○は安心」といった考えは、ナンセンスだということがわかってきましたね。
共働きであっても、母親や父親のそれぞれの働き方や、夫婦や家族の協力の仕方、保育園での過ごし方など、子どもの発達に与える影響はさまざまです。生活環境は家庭によって違いますし、子どもを含めた家族全員が心地よく過ごせる手立ては1つではありません。
また、いくら愛着関係には「質」が大切といっても、「量」(時間)を極限まで減らしてもよいわけではありません。子どもといっしょに過ごせる時間を大切にしながら、保護者自身も無理せず、納得のいく過ごし方を探していくことが必要です。
育児は三歳までがすべてではありません。「子どものために」にとらわれず、周りの人たちの力も借りながら、家族みんなが心地よく暮らしていけるような生活スタイルをみつけてくださいね。
この記事の監修・執筆者
にしざか さゆり/東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科修了。博士(教育学)。共立女子大学家政学部児童学科教授。専門は、発達心理学、幼児教育学、保育学。
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