うちの子はお箸やスプーンを持つのも、鉛筆を持つのも左手――という「左利き」の子をもつおうちのかたは「ずっと左利きのままでよいのか、入学までに直すべきか……」と迷うことが少なくないようです。
最近は個性の尊重が重視され、以前に比べると、右利きに直さなければというプレッシャーは少なくなっています。それでも「左利きだと学校で困ることも多いのでは?」と不安を抱くママパパのために、『1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き』(ダイヤモンド社)が話題の脳内科医・加藤俊徳先生に、脳の発達と利き手について、詳しく教えていただきました。
文/遊文社(小林洋子)
そもそも「利き○」ってなに? 右利き・左利きはいつ決まる?
「利き手」や「利き足」がいろいろある訳
物を持つ、文字を書く、歯を磨く、スイッチを押す。何気ない日常動作で、無意識のうちによく使うほうの手を「利き手」といいます。 脳内科医の加藤俊徳先生は「手足などの人間の体の左右両方にあるパーツで、右か左かのどちらか一方をよく使う現象は、手以外にもみられます」と話します。ボールを蹴るときなどに使う「利き足」や、片目で見るときの「利き目」、電話をするときにいつも使う「利き耳」などもあります。
こうした「利き○」は、人間が二足歩行をするようになって生まれたと考えられています。左右の手足を自由に使えるようになると、左右で作業を分担すれば効率よく物事を処理できます。たとえば「よく使う手」が決まっていると、転びそうになったときにとっさに利き手が出るなど、脳がいちいち指令を出さなくても、体が素早く動きます。「利き○」があることで、脳の負担が軽くなり、処理速度も早まるという利点があります。
右利き・左利きは遺伝だけでなく環境も関係するもの
それでは、子どもの利き手は、いつ頃にわかるのでしょうか。加藤先生は「生後3~6か月頃には、脳の中の手を動かす部位がよく発達し始めます。それによって、寝返りをする、はいはいをする、手を伸ばしてものを取る、といった動作で『よく使う手』=利き手ができてきます」と説明します。
ただ、利き手がはっきりしてくるのは、多くの場合、物や道具をよく使うようになる3歳以降とのこと。「とくに2歳頃までは、脳画像から判断すると右利きなのに、実際は左手をよく使う子や、脳画像からだと左利きなのに右手をよく使う子もいます。幼い子どもは外から見ているだけでは、どちらが利き手か、なかなか判断がつかないことも多いです。」
利き手には遺伝的な因子も関係します。「私自身が左利きですが、私の次男も、妹の長男も左利きです。左利きの人の家族には左利きが多い傾向はありますが、遺伝だけで決まるわけではありません。生まれてから、どのように手を使ってきたかという環境要因も大きいです。」
そもそも、右利き・左利きは「決まる」ものではない、と加藤先生。「脳は手を使うことで発達しますから、使う頻度が高いほうが、利き手になっていくのです。右利き・左利きというのは固定した状態ではなく、どれくらい右手・左手を使うかの差です。使う頻度によって、非常に右利きという人もいれば、かなり右利き、けっこう右利き、もしかしたら右利き……というようにスペクトラム(連続したグラデーションの状態)です。また脳損傷で利き手を失えば、残る手が利き手になっていきます。つまり、利き手は一生涯変わらないものではなく、その人の手の使い方によって変えられるものなのです。」
脳の使い方から違う! 右利きと左利きの得意と不得意
加藤先生は、右利きと左利きでは、脳の使い方が異なると言います。
私たちの脳には、右半球の「右脳」と左半球の「左脳」があります。左右の手足を動かす指令は、体の反対側の脳からコントロールされています。右手を動かす指令は左脳が出しており、左手を動かす指令は右脳から発せられます。左右の手を使うと、それに対応している脳も刺激を受けます。
さらに、右脳と左脳では次のような異なる働きを担っています。
・左脳……おもに言語情報の処理に関わる。
・右脳……おもに画像や空間の認識に関わる。
左利きが苦手なのは、言葉の力
文字を書く、言葉を発するという場面でも、利き手によって脳の使い方は違います。右利きの人は、約96%の人が左脳で言語系の処理をしています。右手で文字を書くときには、左脳で言語処理をしながら、左脳で右手を動かしています。左脳のネットワークの中だけで、言語を扱うことができます。
それに対して左利きの人は、右利きよりは少ないものの、およそ73%の人が左脳で言語処理をしています。文字を書くときは、左脳で言語を扱いながら、右脳で左手を動かす指令を出しています。つまり、脳内の情報伝達のネットワークが少しだけ遠回りになります。「左利きの人は左右両方の脳を使っていますから、右利きの人に比べて、言葉を使って考えをまとめるのに少し時間がかかる傾向があります。幼児期にも、右利きに比べて言葉が出るのが少し遅かったりします。しかし、それは左右の脳をバランスよく育てているということでもあります。」
左利きがすごいのは、直観や空間認知の力
脳の使い方が異なることで、左利きの人ならではの「得意なこと」もあると、加藤先生は強調します。
「右脳は、画像や空間といった非言語の膨大な情報を蓄えることができます。左利きの人は、左手をよく使うことで右脳が発達するので、言葉で論理的に考えるよりも、画像のようなイメージからパッとひらめく直観の力がとても優れています。また、空間認知力も非常に高いことがわかっています。歴史上の偉人ではアインシュタインやエジソン、レオナルド・ダ・ビンチ、近年では実業家のビル・ゲイツなど、いわゆる『天才』と呼ばれるような人には左利きがたくさんいます。」
左利きを直すことのメリット・デメリット
左利きの矯正は、便利になる反面、混乱することも
子どもの左利きを右利きに直す矯正については、メリットとデメリットの両方があると加藤先生。
「右利きに直すメリットは、生活で便利な面が増えることです。日本では右利きの人が約9割を占めています。ハサミなどの日用品や調理用具のほか、駅の自動改札や自動販売機といった社会の設備も、右利きの人が使いやすいようにできています。左利きの人はいちいち考えたり、工夫したりして、適応していかなければいけません。右利きにすれば、こうした生活の不便は少なくなります。」
一方、右利きに直すことには、デメリットもあります。特に4~5歳頃の早い時期の矯正には、注意が必要です。「脳に左・右の意識が形成されるのが、だいたい4歳8か月頃です。こちらが左、こちら側が右という意識が不十分なときに利き手の矯正をすると、脳が混乱し、左右がわからなくなる左右失認などが起こることがあります。左利きの私自身、4歳のときに自ら希望して右利きに直しましたが、左右の混乱や、言葉がすぐに出ないといった経験をしました。左右の脳を鍛えることでこうした症状は克服しましたが、現在は、無理に直す必要はないと考えています。妹の息子も左利きのままで成長し、今は医師として働いています。」
矯正をするなら、10歳以降がおすすめ
加藤先生は、もし右利きにするのであれば、10歳以降がよいと言います。「子どもの脳は右脳から先に発達し、あとから左脳が育っていきます。10歳頃、小学4年生くらいになると、言語処理をする左脳の発達も落ち着いて、右脳・左脳のバランスがとれてきます。この頃から、少しずつ右利きに矯正していくといいでしょう。脳の発達という観点からすると、外国語の習得も同じです。母国語がしっかり育ってくる10歳頃から外国語を学ぶと、二つの言語をともに深く理解できるようになります。」
そして、左利きのままであっても、10歳以降はなるべく右手も使うことを加藤先生は勧めます。「左利きの人も、右手をよく使えば、それだけ左脳を多く刺激できます。利き手を直すというよりも、左右の脳をバランスよく育てるために、手の使い方を意識してみることをおすすめします。」
→左利きの子を伸ばす方法について、後編「両手を使って脳を活性化しよう」で紹介します。
この記事の監修・執筆者
小児科専門医。昭和大学客員教授。脳科学、ADHDの専門家。脳を機能別領域に分類した脳番地トレーニングや助詞強調音読法の提唱者。独自のMRI脳画像法を用いて、脳の成長段階を診断。脳番地のトレーニングの処方などを行う。近著に『1万人の脳画像を見てきた脳内科医が教える 発達凸凹子どもの見ている世界』(Gakken)など著書多数。加藤プラチナクリニック公式サイトhttps://nobanchi.com
こそだてまっぷから
人気の記事がLINEに届く♪