ハンディがあっても、なんでも挑戦させてくれた両親に感謝【パラ競泳・山田拓朗選手インタビュー/後編】

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日本選手史上最年少の13歳でアテネパラリンピックに出場し、以降5大会連続でパラリンピックに日本代表として出場している山田拓朗選手。前編では水泳やパラリンピックへの挑戦についてお話しいただきました。後編では、ご家族や子育てについて聞きました。

撮影(インタビューカット)/斉藤秀明 衣装協力/ラルフ ローレン 文/こそだてまっぷ編集部

子どもの頃から「自分の意思で決める」ことを大切に育ててくれた

Q:ご両親はどんな子育てを心がけていらっしゃったと思いますか?

小学生時代、スイミングクラブでは選手コースに入っていたので、週6回~7回の練習があり、1日で8000mくらい泳いでいました。夜遅くまで練習する日もあったので、日々の送り迎えや食事など家族がサポートするのは大変だったと思います。今でもありがたいと思うのは、“いいとき”も“悪いとき”も変わらない態度でサポートを続けてくれたことです。アスリートの世界は、調子のいい日もあれば、望んでいた結果が出せない日もあります。どんなときも変わらずサポートしてくれたことに感謝をしています。

両親は「本人の意志を尊重する」ということを大切にして育ててくれました。おかげで自分の意志で物事を選択する力を身につけることができました。これは自分の水泳にも生かされています。たとえば、練習の際はコーチからアドバイスややりとりをしますが、試合の際は、コーチはアドバイスをしませんね。ぼくも求めませんから。ぼく自身、コーチの言うとおりに競技をするのは、責任をコーチに押しつけているようなものだと思っています。ぼくは自分で全責任を取りたいタイプ。だから、どう泳ぐかは自分の意志で決定して試合に挑みます。そうでないと試合に強い気持ちで臨めません。こういう考え方をできるようになったのは、両親が、ぼくの意志を尊重する育て方をしてくれたからだと思います。

前編はこちら≫3歳から始めた水泳で、パラリンピックに5回連続出場!【パラ競泳・山田拓朗選手インタビュー/前編】

Q:ひとつ年下の弟さんとは、子どもの頃からいっしょに水泳をしていたそうですが、山田選手にとってどんな存在でしたか?

弟とは年も近いので、子どもの頃からよくいっしょに遊んだりしていました。とても仲がいいです。彼も大学卒業まで水泳をしていました。アスリートとして苦しいときやつらいときの気持ちなども共有できる弟の存在はとても心強いです。弟は健常者ですから、いっしょに泳いでいると抜かれます。でもそれは当然のことなので、いやな思いをしたことはありません。健常者の弟が自分より速く泳げるのは当然だし、そうあってほしいと思ってきました。

障がいがあってもなくても、人はみんなそれぞれ違う。それをその人の個性だと思えばいい

Q:2021年に息子さんが生まれて、親になってみて感じたことはありますか。そして、どんな子育てをしていきたいと考えていますか?

自分が親になってみて初めて「子育てって、こんなに大変だったのか!」とわかりました。それに、自分を育ててくれた両親への感謝の気持ちがさらに強くなりました。

両親がぼくをそう育ててくれたように、自分も親の価値観を押しつけることなく本人の意志を尊重して育てていきたいと思います。そのためには“子どもは自分とは別の人格”だと意識することが重要。そして、今後子どもが幅広くいろいろな選択肢に触れられるように、できるだけサポートをしていきたいと考えています。

Q:障がいや病気のあるお子さんを育てている保護者の方に、伝えたいことはありますか?

障がいや病気のあるお子さんを育てているかたは、お子さんに対して罪悪感を持ってしまうかもしれません。それぞれの状況は異なると思いますが、ぼく自身は「障がいがあるから、何か特別なことをしてあげなくてはならない」と負担に感じる必要はないと思っています。

「この子は普通の人と違うから」と考えてほしくないですね。むしろ、それがお子さんの〈個性〉だと考えるのはどうでしょう。そもそも、普通か、普通じゃないかというのは、人数が多いか少ないかの違いです。障がいが〈ある人〉〈ない人〉で、ひとくくりにすることはできないでしょう。障がいがあってもなくても、もともと人はみんなそれぞれ違います。お子さんが自分の個性を生かして、自分らしく生きられるように、その子に合ったサポートをしてあげればいいのではないでしょうか。自分が自分らしく生きることに価値があると思います。

山田選手が5歳の頃。右が弟の眞崇さん。

山田拓朗選手のご両親から

子育てにおいては、幼い頃から、1歳年下の弟と仲良く育ってほしいと願ってきました。拓朗は弟をかわいがり、弟は兄を慕うという兄弟でいることが親のいちばんの願いです。

ふたりが幼稚園に通っている頃、弟のことを強く叱ったことがあります。それを見ていた拓朗がどんな態度を取るか気になりました。すると拓朗が飛んできて「お母さん、まあくん(弟の名前)は悪かったと反省しているから、もう許してあげて!」と言いました。親の期待どおりに兄弟が仲良く、お互いを思いやって育ってくれたことをうれしく感じたのを覚えています。

拓朗は3歳までは水が嫌いで、水泳は苦手なスポーツでした。大人になってこんなに活躍しているので水泳には感謝しています。今後は拓朗と同じように水嫌いな子どもたちのお役に立てるようになってくれれば、と思っています。

拓朗には生まれつき腕にハンディがありました。それでも子どものころから、本人が興味をもったことはなんでも挑戦できるように育ててきました。親や周囲の人が「ハンディもその子の“個性”」だと受けとめてあげられるといいですね。

拓朗も父親になり、子育て、競技、仕事などいろいろと大変かもしれません。親が明るく笑っていると家庭も明るくなります。これからも明るく楽しくがんばってほしいです。

山田拓朗(パラ競泳選手)

1991年兵庫県生まれ。株式会社NTTドコモ所属。生まれつき左ひじから先がない「左先天性前腕亡失」。
3歳から水泳を始め、ジュニア時代から圧倒的な実力で注目を集める。2004年、アテネパラリンピックに日本選手史上最年少の13歳で出場。2008年、北京パラリンピックでS9クラス100m自由形5位。筑波大学在学中の2012年、ロンドンパラリンピックでS9クラス50m自由形4位。2016年、リオデジャネイロパラリンピックでS9クラス50m自由形 銅メダル獲得。2021年東京パラリンピックでSM9クラス(※1)200m個人メドレー 8位、34p(※2)メドレーリレー(第2泳者)8位入賞 日本新記録など。

パラリンピックのクラス分けについて
※1…S9クラス/SM9クラ アルファベットは種目を表す。Sは自由形、背泳ぎ、バタフライ、SMは個人メドレー。数字は障がいの種類・程度(1~14)を表す。数字が小さいほど障がいが重い。
※2…34p(34ポイントリレー)は、クラスの数字合計が34ポイントを超えない4人の水泳選手で構成される。

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