「うちの子、小学校に入学後、ちゃんと学校生活になじめるかな?」いわゆる「小1プロブレム」を心配しているママパパも少なくないのでは? 文部科学省は、幼児教育(幼稚園・保育園・認定こども園)から小学校教育への移行をスムーズにするため、5歳児向けの「幼保小の架け橋プログラム」の開発を進めることを決めました。“幼保”から“小”への円滑な接続を目指す新たな教育改革について國學院大學の准教授で幼小接続がご専門の吉永安里先生に解説していただきます。さらに記事の後半では、「小1プロブレム」を回避する家庭での取り組みについてもご紹介します。
お話/吉永安里(國學院大學人間開発学部子ども支援学科准教授)
5歳児向けの「幼保小の架け橋プログラム」開発がスタート!
5歳児といえば、小学校の入学準備に取り組む重要な時期。ですが、幼稚園(文部科学省所管)、保育園(厚生労働省所管)、認定こども園(内閣府所管)は、それぞれの役割やニーズに合わせた教育や保育を行っており、その施設形態や指導方針、地域によっても指導にばらつきがあります。一方、幼児期における家庭教育の格差が小学校入学後の子どもの学習態度や学力に影響を及ぼしていることも問題視されています。そこで幼稚園、保育園、認定こども園の施設に関わらず共通に育てたい力を養い、小学校教育への円滑な接続を目指す取り組みが、今回の5歳児に向けた「幼保小の架け橋プログラム」の開発です。2021年度内にプログラムの試案をまとめ、2022年度からモデル事業を試行する予定です。
2021年5月に行われた経済財政諮問会議で文部科学省が示した「幼児教育スタートプラン」には、次のように記されています。
- すべての5歳児に、生活・学習の基盤を保障
- 幼保小連携で一人一人の発達を把握、早期支援につなぐ
- 市町村教育委員会と連携し、小学校教育に円滑に接続
(中央教育審議会 初等中等教育分科会 幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会参考資料集より)
「えっ、小学校教育が幼児教育へ前倒しになるの!? じゃ、文字の読み書きや計算問題などを幼児教育でやるの?」と不安に思う方もいらっしゃるかもしれません。ですが、この「幼保小の架け橋プログラム」開発は、いわゆる早期教育を推進するものでありません。あくまでも施設や家庭環境の格差、教育の格差をなくし「すべての5歳児が学びに向かう基礎」を身につけることを目的としています。
幼保小連携が一層強化され、5歳児の学びの質が高まる
1989年改訂の学習指導要領で小学校低学年に教科として「生活科」が導入された背景もあり、幼児教育における子どもの発達に合った、遊びを通した総合的な学びが生活科に引き継がれることが想定されていました。また、幼稚園や保育園等と小学校の「幼保小連携」についても、20年ほど前から少しずつ取り組みが行われてきました。たとえば、園と小学校の教員がいっしょに研修や情報交換を行ったり、年長児が地域の小学校の行事に参加したりするなどです。
当時から子どもを送り出す園側は、幼保小連携に熱心に取り組んでいるところが多かったのですが、小学校側は学習指導要領に沿って一定の時間内で必要な学習内容を身につける必要もあり、なかなか幼保小連携への関心を持つことが難しく、その姿勢には温度差がありました。また自治体や地域によっても差があります。今回の「幼保小の架け橋プログラム」の開発には、幼稚園だけでなく、保育園や認定こども園、小学校関係者、自治体関係者も参画が予定されており、幼保小連携が一層強化され、すべての5歳児の学びの質がより高まることが期待されています。
背景には社会問題である「小1プロブレム」も!
国が幼保小連携を重要視する背景には、「小1プロブレム」もあると言えます。「小1プロブレム」は、小学校入学後に学校や集団生活になじめない、あるいは授業中に立ち歩くなどの学習態度の問題や、先生の言うことが理解できないといった問題を指しています。
「小1プロブレム」は、1990年代から社会問題とされてきました。その要因としては、子育て環境の変化、少子化、核家族化による育児経験の乏しさ、子育ての孤立、コミュケーションパターンの減少などの影響で家庭の教育力が低下していることが考えられます。さらに公園など子どもの遊び場の減少やゲームなどによる遊びの質の変化なども起因していると言えるでしょう。
また幼児教育と小学校教育の違いをうまく乗り越えることが難しいお子さんもいます。幼児教育は、子どもが自分の興味・関心から始まる自発的な遊びを通した学びです。自分のやりたいことができるので、好奇心を持って取り組めます。これに対して小学校教育は、基本的に決められた授業の枠(小学校1年生は45分)の中で、机の前にすわって先生の話を聞きながら教科学習をします。授業中は、自分が思いついたことを勝手に話したり、自由に好きなことをしたりすることができません。お子さんは、この違いにとまどってしまうのです。これもお子さんの個性の一つではあるのですが、小学校教育の中では、ある程度行動を制約され、自己調整力を求められます。やりたくないことに取り組むのが難しいお子さんは学校になじめなくなってしまうのです。
今回の幼小接続に向けた「幼保小の架け橋プログラム」開発では、「遊びの中での学び」と「教科等の授業を通した学習」をつなげて幼児期から児童期への教育の円滑な移行を図る幼小接続を目指しています。
幼児教育から高校卒業まで連続して育んでいく資質・能力の3本柱
小学校では、2020年度から新しい学力観にもとづいた新学習指導要領(2017年改訂)が実施されていることをご存じでしょうか。2020年4月は、新型コロナウイルス感染防止対策のため新学期のスタート時から小学校の休校措置などがあり、新学習指導要領の全面実施についてはメディアなどであまり取り上げられることがなく、ご存じない方もいらっしゃるかもしれません。現在小学校で行われている学習指導要領も、同2017年改訂(改定)、2018年に全面実施された「幼稚園教育要領、保育所保育指針及び幼保連携型認定こども園教育・保育要領」(以下、「要領・指針」)と同じ学力観に基づいています。
学習指導要領の中で「新しい時代に必要となる資質・能力」として育成を目指しているのは次の3つです。
- 知識及び技能
- 思考力,判断力,表現力等
- 学びに向かう力,人間性等
この3つは、“資質・能力の3本柱”とされ、小学校、中学校、高校で育む力とされていますが、幼児教育の中でもその基礎となる資質・能力の3本柱を育むことが「要領・指針」に記されています。つまり、これらの資質・能力は幼児教育から高校卒業まで連続して育んでいくものなのです。
幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿とは?
2017年に改訂された幼児教育の要領・指針には、幼小接続の観点から「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」(以下、「10の姿」)として10の項目を示しています。この「10の姿」は、お子さんの育ちを小学校に引き継ぎやすくするために小学校教員と共有すべき資質・能力が育まれた就学時の子どもの姿です。
「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿
- 健康な心と体
- 自立心
- 協同性
- 道徳性・規範意識の芽生え
- 社会生活との関わり
- 思考力の芽生え
- 自然との関わり・生命尊重
- 数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚
- 言葉による伝え合い
- 豊かな感性と表現
「10の姿」は、小学校の学習と生活の基礎になるとされています。たとえば、幼児教育において、遊びや生活を通して育まれた好奇心、ねばり強さ、協同性は、文字や数への関心や思考力の高まりに影響しています。わかりやすく言えば、「これはなんて書いてあるんだろう?」という好奇心が文字への興味・関心につながったり、「難しいけれど、もう少しがんばろう」とするねばり強さが思考力の育ちにつながったりするなど“学習に向かう力”としても発揮されるというイメージです。
好奇心やねばり強さ、協同性などは、一般的には「非認知能力」とも呼ばれていますが、今回の5歳児向けの「幼保小の架け橋プログラム」にも育成を目指すことが盛り込まれると予想されます。
小学校で行われているスタートカリキュラム
5歳児向けの「幼保小の架け橋プログラム」が全国的に普及・始動するのは2023年以降の見込みですが、幼児期の学びを小学校へつなげる「スタートカリキュラム」はすでに始まっています。お子さんが関心を持ったことを直接的に体験し、主体性を発揮できる新しい学校生活を安心して開始するためのカリキュラムです。生活科を中心に楽しいことや好きなことに没頭する中での子どもの発見を大切にし、学ぶ意欲が高まるような授業作りの工夫がされています。
たとえば、小学校入学後すぐのスタートカリキュラム「学校探検」の様子です。
子どもたちは、体育館や給食室など学校内で自分が見てみたい場所へ自由に行きます。そこで見たり聞いたりしたことを教室に持ち帰り、友だちと話し合い、さらに探究していきます。
「体育館に人がたくさんいたよ」
「学校には子どもが何人いるか、知りたいな」
生活科での気づきが「数の数え方」に発展します。
「人がたくさんいて、数えにくいね」
「クラスのロッカーの数を数えたら、わかるんじゃない?」
というように、算数の「一対一対応」の学びとなり、生活科と他教科が関連した指導となります。小学校のスタートカリキュラムでは、子どもの興味や活動に合わせて複数の教科が関連した総合的な指導を行うなどの工夫がされています。そうすることで、幼児教育の中で遊びや生活を通して身につけた力を沿う学校への各教科の学習へと円滑に移行していくことができるのです。
スタートカリキュラムの内容は、地域や小学校によって異なりますが、他にもいろいろな取り組みが行われています。たとえば、教室にある机を黒板に向けて並べるのではなく、数人ずつの班の形に並べたり、教室の中に子どもたちが交流できるスペースを作って、折り紙や画用紙、絵本などを置いて児童が自由に遊べたり、気持ちをクールダウンしたりできるように工夫しているケースもあります。また、入学時から一定期間は、45分間の授業時間を15分、20分単位に分割して、時間割を弾力的に運用している小学校などもあります。
「小1プロブレム」に陥らないために、家庭でできることは?
文部科学省によって「幼保小の架け橋プログラム」の検討が進んでいることを受けて、園も小学校も、これまでより高い関心を持って幼保小接続に取り組むことが予想されます。「そうは言っても、うちの子が小1プロブレムに悩まされるのではないか、やっぱり心配!」という保護者のみなさんに、今からできる「小1プロブレム」予防対策をお伝えします。
まず学習面です。文字や数については小学校で学ぶので入学前にきちんと読み書きや計算ができていなくても問題ありません。それよりも文字や数などについてお子さんの興味・関心が育っているほうが重要です。興味を持っていないのに無理に教えるのはよくありません。やりたくないことを強制すると、かえって学びへの抵抗感が生まれてしまいます。お子さんは、身近な文字から自然と覚えていきますので、たとえば、お子さんや家族の名前が書かれたものなどを使って少しずつ文字に触れていくとよいでしょう。絵本の読み聞かせをしているときに、「これはなんて書いてあるの?」と興味を持った際に教えるのが望ましいです。
その際、文字の間違いなどがあってもあまり気にしないようにしましょう。間違いを指摘すると、お子さんが興味・関心を失ってしまうおそれがあります。お子さんが楽しく取り組んでいるなら、むしろその意欲をほめてあげたほうがよいでしょう。
家庭での取り組みとしてとくにおすすめなのは「お手伝い」です。たとえば食事のときに、食卓に家族のお皿を並べる、といったお手伝いをさせてみましょう。「4人家族だからお皿は4枚」など数量感覚を意識するのに、お手伝いは絶好のチャンスです。親子で料理をするのもOK。お手伝いは「自分が家族の役に立ててうれしい」という自尊感情も育むのでぜひ試してみてください。
自己調整力やコミュニケーション能力を身につける
次は、生活面に関するアドバイスです。小学校では、自分で目標を立てて、自分でコントロールしていく「自己調整能力」が求められます。たとえば、「次は体育の授業だから、始まる前に体育館に行こう」というように、先を見通して自分で計画を立てて実行する力です。年長児が一人で行うのは難しいので、保護者の方がサポートしながら、毎日の生活の中で育んでいきましょう。「時計の針がここまできたら、おもちゃを片づけようね」といった声かけが大切です。また、小学1年生になって緊張しがちなのが給食の場面です。たとえば、苦手な食べ物をどうしたら少しでも食べられるか、どのくらいの量なら食べられるかなどを親子で考えてみるといいでしょう。
小学校のスタートカリキュラムの中には、学校のルールを受け入れ、学級の一員として協同的に活動する子どもを育てるというねらいも盛り込まれていますが、これは家庭でも実践することができます。たとえば、家族のコミュニケーションに、カードゲームやボードゲーム、体を動かす遊びなどを取り入れてみてはいかがでしょう。ポイントは会話をしながらできる遊びや工夫ができる遊びです。どうしたらゲームで勝てるかを考えるだけでなく、もっとおもしろくなるためにルールを変えたり、作戦会議をしたりする遊びは、お子さんのコミュニケーション能力や思考力を向上させ、学校生活の中で新しい人間関係を築いていくのに役立ちます。
5歳児の「幼保小の架け橋プログラム」開発が始まることによって幼小接続の重要性が注目されてきた今、遊びや生活を通して総合的にお子さんの資質・能力を伸ばす幼児教育を小学校教育が円滑に引き継いでいく多くの取り組みが行われ、今後、その勢いは加速化していくでしょう。保護者のみなさんは小学校に大いに期待しつつ、先に紹介した「小1プロブレム」予防対策を家庭で取り入れ、お子さんを安心して小学校へ送り出してあげてください。
この記事の監修・執筆者
都内私立幼稚園勤務の後、東京都公立小学校教諭、東京学芸大学附属小金井小学校教諭を経て現職。専門は、保育学・乳幼児教育学、教科教育学(国語)。保育内容、保育方法・指導法、国語概説、国語科指導法、幼小接続に関する編集・執筆、講演を行う。著書は、『あそびの中の学びが未来を開く 幼児教育から小学校教育への接続』(共編著・世界文化社)など。
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